「親との関係があまりうまくいっていない」
「私の人生がうまくいかないのは親の育て方が悪かったからだ」
このような思いを抱えて生きている方はいるのではないでしょうか。
今回紹介するのは幼いころに母に捨てられた女性が主人公の町田そのこさんの『星を掬う』という小説です。
町田さんの小説は以前に『52ヘルツのクジラたち』という作品をこのブログで紹介しました。
『52ヘルツのクジラたち』は親から虐待された女性と少年が心を通わすお話でしたが、『星を掬う』も親との関係で傷付き自分の人生をうまく生きられない女性が描かれていて父親とあまりうまくいっていない私には気になるテーマでした。
現在進行形で親との関係に悩んでいる方は登場人物のセリフをしんどく感じる部分もあるかもしれませんが、気付かされることも多い作品です。
『星を掬う』あらすじ
千鶴が夫から逃げるために向かった「さざめきハイツ」には、自分を捨てた母・聖子がいた。
他の同居人は、娘に捨てられた彩子と、聖子を「母」と呼び慕う恵真。
「普通」の母娘の関係を築けなかった四人の共同生活は、思わぬ気づきと変化を迎えー。
星を掬う特設ページより引用
『星を掬う』主な登場人物
- 芳野千鶴 30歳手前の女性。パン工場で夜勤をしているが元夫から稼いだ金を奪われる生活に悩まされている。ラジオに投稿した小1の夏休みに母と旅行に出かけたエピソードが準優勝に選ばれる。
- 内田聖子 千鶴の母。52歳と若いが若年性認知症でデイサービスに通っている。千鶴との旅行のあとにいなくなる。
- 芹沢恵真 モデルのような整った容姿をしている。血はつながっていないが聖子のことを「ママ」と呼び慕う。夫から暴力を受けている千鶴に一緒に住むことを提案する。
- 九十九彩子 聖子の家で同居する女性で家事を中心に担っている。完璧主義で家事をほかの人がするのをあまり好まない。娘がいるが事情があり一緒に暮らしていない。
- 美保 彩子の娘。17歳。年上の会社員との間に子どもを妊娠し、お金をもらおうと彩子を訪ねてくる。彩子が自分を捨てたと思っており、反抗的な態度を隠さない。
聖子と美保にイライラ
元夫からDVを受けていた千鶴は恵真に強く勧められて、渋々ながら母の暮らすさざめきハイツに付いていきます。
しかし娘と再会した母・聖子は一緒に住むのは構わないが積極的に関わりたくないという態度を見せます。
幼い頃に置いていった娘がぼろぼろになって現れたのに、優しい言葉のひとつもかけない聖子に私はモヤっとしてしまいました。
のちのち聖子の生い立ちや心理も語られるようになるのですが、この段階では聖子が単純に嫌な母親に思えました。
そして作中で最もイライラさせられた人物が彩子の娘の美保です。
妊娠したことで離れて暮らす母親を頼ってくるのはわかるのですが、お金さえくれればあとは関係ないといった態度を見せます。
母の彩子には美保と一緒に暮らせなくなった事情があるのですが、それを理解せずにわがままをぶつけたいだけぶつけるというキャラなので好きになれませんでした。
子どものことを『べビたん』というのも考えの古い私は拒否反応が・・・。
今どきの若い娘でも『べビたん』とか使うのでしょうかね。
この美保が最終章になっていきなり本当はいい子だというふうに描かれるのもなんだかご都合主義な感じがしてしまいました。
自分の不幸は親のせいなのか?
![](https://okomoriblog.com/wp-content/uploads/2023/11/woman-4366034_1280.jpg)
同居するようになってからも母の態度に傷付けられてしまう千鶴は心配する恵真に八つ当たりしてしまいます。
言い返さない恵真ですがそこに聖子の担当医である結城という男性がやってきて千鶴に言います。
「親に捨てられて苦しんできた。なるほどなるほど、大変だったかもしれないね。
でも、成人してからの不幸まで親のせいにしちゃだめだと思うよ」
『星を掬う』町田そのこ(著)より引用
結城は恵真に想いを寄せているので彼女が一方的に責められているのを見捨てておけなかったのかもしれません。
でもそこまで親しくない、まして弱っている人間に言うこととしては少し厳しすぎないかなあと私は思いました。
昔は捨てられたかもしれないけど今の聖子は同居を受け入れて金銭的にも援助しているでしょうということですが、わかっていてもそれでは許せないこともあるんだよと結城に言ってやりたい。
まあ、冷静に諭されてしまうでしょうけど。
こう感じるのは聖子と千鶴の関係性が父と私の関係に似ているからだと思います。
大人になったからといって子どもの頃の傷がなくなるわけではありませんが、自分が傷付いていることを受け入れてその傷を自分で手当てできるようになっていくことが大人になるということなのかな。
なんて精神科医の先生の本に書いてありそうなことを言ってしまいました。
自分も千鶴と同じように親との関係性が歪かつ働けずに親の助けを借りて生きている状況なので、結城の言葉は響きました。
聖子の娘への想い
聖子の母は娘をなんでも自分の思い通りにしないと気が済まない人で、気付けば聖子は一卵性母娘だと言われるようになっていました。
母に敷かれたレールに沿って、申し分ない裕福な家に嫁いで母になった聖子は娘の千鶴をきちんと育てようとしますが、千鶴は聖子が嫌いな“なんでも人の言うことを聞くいい子”に育っていきます。
母の死後も繰り返し母の夢を見る聖子は今の生活から逃げないと母の怨念に捕まってしまうと考えて、迷いながらも千鶴を連れて家を出ます。
娘との2人旅を聖子は思う存分楽しむのですが、やがて千鶴は父や祖父母のいる家に帰りたがるようになります。
千鶴はそのことを忘れていましたが、聖子はそれがきっかけで自分が望む生活のなかでは娘は幸せになれないと悟るんですね。
聖子が千鶴を捨てたのは娘を想う気持ちがあったからなのですが、そんなことは幼い千鶴にはわかるはずはありませんから聖子のしたことを弁護することはできないかなと思います。
千鶴に謝りにいかないことで罪を忘れないように生きてきた聖子ですが、幸せになっていると思っていた娘がそうではなかったという現実に直面して戸惑います。
聖子が再会した千鶴に辛くあたるのは自分の人生は自分の力で切り開いていかないとならないことを身をもって知っているからだと思いました。
傷付いた娘に優しい言葉をかけることは簡単ですが、自分は認知症でいつまでそばにいられるかわからない、娘がこの先自分の足で生きられるようになるために厳しくしようと思ったのではないでしょうか。
聖子の愛情は伝わりにくいですが、千鶴はさざめきハイツの人々とのふれあいも通じて徐々に母の想いにも気付き始めます。
まとめ
町田そのこさんの作品は読者のなかにも近い体験をしている人がいそうなリアルな人間模様を描いているのが特徴かと思います。
認知症が進行して失禁してしまう聖子を介助する千鶴たちの姿などもきちんと描かれていて、現実に迫る形で物語を感じることができます。
冒頭でもお伝えしたように親との関係で悩んでいる方は読んでみると共感する部分、はっと思わされる部分があるかもしれません。
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