映画『福田村事件』感想

皆さんは福田村事件を知っていますか?

関東大震災後に自警団に朝鮮人ではないかと疑われた行商団の人々が、本当は日本人であるのに殺されてしまった事件です。

事件が起きた背景に当時の朝鮮は日本の統治下に置かれていて、朝鮮人が日本人から差別的扱いを受けていたことがあります。

私の母は親の世代から昔こういうことがあったと聞いていたそうですが、私は知らなかったので映画を観られて良かったです。

今回は印象に残ったシーンや感想について紹介していきますが、ネタバレをしているので嫌な方は注意してください。

町の映画館で観たのですが、お客さんがたくさん入っていて関心のある人がたくさんいるのだと思いました。

目次

『福田村事件』作品情報

監督森達也
公開2023年
製作国日本
上映時間137分
年齢制限PG‐12

森達也監督は過去にオウム真理教の事件を扱ったドキュメンタリーを手掛けています。

性描写が結構あり、必要ないとまでは思いませんでしたが、母と観に行った私はやや気まずかったです。

『福田村事件』登場人物

  • 澤田智一(井浦新) 朝鮮で教師をしていたが、日本軍による朝鮮人虐殺を目撃し、妻を連れて故郷である千葉県福田村に帰ってくる。教師を辞めて農業を始める。感情を表に出さず、妻の不貞行為を目撃しても何も言わない。
  • 澤田静子(田中麗奈) 智一の妻。ワンピースに日傘を差して歩く姿は村の女性のなかでは浮いている。誘いをかけても応じてくれない夫に不満を抱き、村を出ていこうとする。
  • 沼部新助(永山瑛太) 香川から来た行商団のリーダー。朝鮮人の女性から扇子を買うなど、日本人による朝鮮人の差別をよく思っていない様子。
  • 田中倉蔵(東出昌大) 福田村の船頭。集団に属すのを好まない。咲江と男女の仲だが、静子に迫られても拒まない。新助率いる行商団に舟に乗せるよう頼まれる。
  • 島村咲江(コムアイ) 夫をシベリア出兵で亡くす。夫のいない間に倉蔵と男女の仲になっており、義母から疎まれている。
  • 恩田楓(木竜麻生) 新聞社に勤める記者。日本人による朝鮮人殺害を記事にするべきだと考えているが、真実を隠ぺいしようとする上司と対立する。

『福田村事件』あらすじ

1923年春、澤田智一(井浦新)は教師をしていた日本統治下の京城(現ソウル)を離れ、妻の静子(田中麗奈)と共に故郷の福田村に帰ってくる。智一は、日本軍が朝鮮で犯した虐殺事件の目撃者であった。しかし、妻の静子にも、その事実を隠していた。その同じころ、行商団一行が関東地方を目指して香川を出発する。9月1日に関東地方を襲った大地震、多くの人々はなす術もなく、流言飛語が飛び交う中で、大混乱に陥る。そして運命の9月6日、行商団の15名は次なる行商の地に向かうために利根川の渡し場に向かう。支配人と渡し守の小さな口論に端を発した行き違いが、興奮した村民の集団心理に火をつけ、阿鼻叫喚のなかで、後に歴史に葬られる大虐殺を引き起こしてしまう。

引用元 福田村事件 – 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画 (2023‐12‐27)

咲江役のコムアイさんの演技がよかった

咲江は一見清楚な印象を受けますが、夫が戦争に行っている間に倉蔵と関係を持ち、夫の死後は倉蔵との将来に希望を持っています。

咲江が義母から出ていくよう叱責される場面がありますが、女性も綺麗ごとでは生きていけない時代だったと思うので、咲江を擁護するわけではないのですが仕方のない部分もあると思いました。

ある日、倉蔵が静子と船の上で性交渉に及んでいる姿を咲江は偶然目撃してしまうのですが、その後の咲江の行動はなかなか怖いものがありました。

咲江は喜怒哀楽をあまり出さないキャラクターですが、静かな表情のなかにも怒りや嫉妬の感情が伝わってきたので、役者さんはすごいなと思いました。

静子が倉蔵に迫ったのは、夫が相手にしてくれない寂しさから「どうとでもなれ」という感じだったのだと思いますが、咲江からしたらショックですよね。

濡れ場(といってもそこまでの描写ではない)を演じる田中麗奈さんが煽情的でした。

咲江がいるのに、静子に誘われて迷う様子もなく応じる倉蔵にはツッコミをいれたくなりましたよ。

咲江を演じるコムアイさんは初めて知ったのですが、音楽ユニット・水曜日のカンパネラの初代ボーカルをされていたんですね。

本名は輿美咲(こしみさき)さんですが、コムアイという芸名は印象に残るので良い名前だと思います。

アマゾンで出産し、自分の胎盤を食べる姿をインスタにアップするなど型破りな生き方には驚きました。

集団心理の怖さ

福田村事件は沼部新助率いる行商団の人々が朝鮮人だと疑われたことが発端となって起こるのですが、新助は「朝鮮人だろう」と迫る自警団や村人に対して反論をしません。

それは新助たちが被差別部落の出身者であることが関係していると思いますが、見ている側としては「もっと否定してくれ~」とハラハラしました。

自警団が日本人かどうか確認するために、歴代天皇の名前を言わせたり、朝鮮人が苦手とする発音のある言葉を言わせたりしていましたが、これらは実際に行われたことのようです。

まず身分証で日本人か確認することになったのに、結果がわかる前に殺してしまいそうな勢いで、集団心理というのは恐ろしいと思いました。

必死に場を収めようとする村長の声も届きません。

村長は大正デモクラシーに影響を受けている人物で、朝鮮人を差別することに反対の立場でした。

大正デモクラシーとは

日本で1910年代から1920年代(概ね大正年間)に起こった、政治・社会・文化の各方面における民主主義の発展、自由主義的な運動、風潮、思想の総称。

引用元 Wikipedia 大正デモクラシー

大正デモクラシーの立役者であった政治学者、思想家の吉野作造は日本による朝鮮の植民地政策は失敗だったと論じ、朝鮮人への差別的待遇の廃止や同化政策の放棄を訴えています。(参考サイト:「世界史の窓」三・一独立運動 (y-history.net))(2023‐12‐28)

自分と違うものを排除していいのか

収まらない騒動のなかで新助が言った「朝鮮人なら殺してもいいのか?」という言葉が印象に残っています。

考えてみれば、日本人か朝鮮人かという前に、朝鮮人なら殺してもいい前提があるのがおかしいですよね。

ハッとさせられました。

実際に見たわけでもないのに、「朝鮮人が放火した」「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマを信じてしまうのは、ネット上の情報をすぐ鵜呑みにしてしまいがちな現代の問題にも通じると思いました。

映画では、あることがきっかけで殺戮が始まってしまうのですが、追いつめられた行商団の若い男性が「何のために生まれてきたんだ」と呟いて死んでいったのが悲しかったです。

妊婦や小さな子供まで襲う自警団や村人の姿を見て、人間とは自分が正しいと思う理由さえあれば、こんなにも残酷になれるのだなと怖くなりました。

まとめ

私は歴史にあまり関心がなかったのですが、同じ過ちを繰り返さないよう歴史を知ることは大切だと思いました。

事件後、逮捕された自警団が大正天皇の死去による恩赦ですぐに釈放されたと知り、やるせなくなりました。

こういう事件に恩赦が必要とは私は思えないのですが・・・。

ネット上では日本人による朝鮮人虐殺はねつ造だという声もあるようです。

私は映画を観て、起きたことは事実だと考えていますが、今回でわかった気になるのではなく、知ろうという姿勢を持ち続けたいと思います。

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この記事を書いた人

駆け出しのブロガー。30代女性。気分変調症で療養中。社会復帰の一歩としてブログを始める。前職は医療事務。読書と映画鑑賞が趣味でオススメの作品を紹介。

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